ビーバー : レクイエム&ステッファーニ : スターバト・マーテル
レオンハルト(Gustav Leonhardt 1928-2012)指揮、オランダ・バッハ協会バロック・オーケストラと同合唱団による、ハインリッヒ・ビーバー(Heinrich Ignaz Franz von Biber 1644-1704)の「15声のレクィエム イ長調」とアゴスティーノ・ステッファーニ(Agostino Steffani 1654-1728)の「スターバト・マーテル」を収録したアルバム。1994年の録音。独唱陣はマルタ・アルマジャーノ(Marta Almajano 1965- ソプラノ) 、ミーケ・ヴァン・デア・スロイス(Mieke van der Sluis ソプラノ) 、ジョン・エルウィス(John Elwes 1946- テノール) 、マーク・バドモーア(Mark Padmore 1961- テノール) 、フランス・ホイツ(Frans Huijts バリトン) 、ハリー・ヴァン・デル・カンプ(Harry van der Kamp 1947- バス) といった顔ぶれ。トラック別の内容は以下の通り。ビーバー「レクイエム」1) 入祭唱(Introitus)2) キリエ(Kyrie)3) 続唱(Sequenz)4) 奉献唱(Offertorium)5) サンクトゥス(Sanctus)6) 神羊誦 (Agnus Dei)7) 聖体拝領唱 (Communio)ステッファーニ「スターバト・マーテル」8) 悲しみの母は(Stabat Mater)9) 呻き、悲しみ(Cujus Animam)10) 涙をこぼさないものがあるだろうか(Qui Est Homo)11) その民の罪のために(Pro Peccatis)12) 愛しい御子が(Vidit Suum Dulcem)13) さあ、御母よ、愛の泉よ(Eja Mater)14) 私の心を燃やしてください(Fac Me Vere)15) いと清き乙女のなかの乙女よ(Virgo Virginum)16) どうかキリストの死を私に負わせ(Fac Ut Portem)17) どうかその傷を私に負わせてください(Fac Me Plagis)18) 怒りの火に燃やされることなきよう(Inflammatur)19) 肉体が滅びる時には(Quando Corpus)当盤は、古楽の権威であるレオンハルトによる、これらの作品の姿を伝える良質な記録。特にステッファーニの当該楽曲は、ほとんど録音がないだけに貴重だ。作曲家の名前自体に、あまり馴染みのない方も多い(私も馴染んでいるとは言えない)ので、一応、簡単に紹介しておく。ビーバーは、チェコの作曲家兼ヴァイオリニスト。17世紀ドイツ音楽圏の最大のヴァイオリン奏者。1670年からオルミュツ司教、次いで1673年以後はザルツブルク大司教の宮廷に仕え、1684年には楽長に就いた。イタリアのヴァイオリン音楽の影響を受けながら、ポリフォニックな奏法およびスコルダトゥーラ(ヴァイオリンの弦の調律をずらす)の技法によって、重厚で時に神秘的な作風を示した。代表作は「ロザリオのソナタ」の名で知られる、1675年頃に作曲されたマリアの生涯の秘跡を扱った16曲のヴァイオリン・ソナタ集であるが、宗教曲やオペラも書いた。レクイエムも2度作曲しており、当盤に収録されているものが、そのうちの一つ。ステッファーニはイタリアの作曲家であるが、ビーバー同様に17世紀末のドイツで活躍した。1708年のローマ滞在中に、若き日のヘンデル(Georg Friedrich Handel 1685-1759)を知り、彼をハノーヴァーの宮廷学長に推薦したという、その慧眼ぶりを示すエピソードがよく知られている。ステッファーニ自身は、1675年からミュンヘンの宮廷オルガニストを務めたほか、ミュンヘンではバイエルン選帝侠マックス・エマヌエルの室内楽指揮者・副楽長、さらに1688年からハノーヴァーの宮廷学長となり、「エンリコ・レオーネ(Enrico Leone)」などのオペラを書いた。また政治家・外交官としても活躍したと伝えられる。作風としては、「バッソ・オスティナート」と呼ばれる低音の繰り返し音型をベースとした流麗なアリアなどにその特徴は明瞭に表れているとされる。本盤に収録されている「スターバト・マーテル」は、6声の独唱と6つの弦楽器、オルガンのために書かれた作品。これらの楽曲は、いずれもバロック期の重要な成果と考えてよい作品だろう。声楽の扱い、これを支える器楽の奏法など、当時の様式の典型を示すと思われる。しかも、音楽的な美しさ、それもこの時代らしい禁欲的なものを良く湛えている。レクイエムはロマン派のレクイエムをイメージすると、その明るい楽想に違和感を覚えるかもしれないが、引き締まった清楚さがあり、歌手陣も朗々と歌うのではなく、厳かな距離感を維持した歌いぶりで、いかにもふさわしい音響が構成されている。ステッファーニの楽曲は、いかにも敬虔な印象を音楽に求めたもので、静かな内省的とも言える感動をもよおす性格の音楽。熟考された伴奏のフレージングが、自然な暖かさと、厳かさを引き出している。 ビーバー : レクイエム&ステッファーニ : スターバト・マーテル 関連情報