クリスチャン・ヤルヴィ 商品

クリスチャン・ヤルヴィ オルフ:カルミナ・ブラーナ

オルフの『カルミナ・ブラーナ』というと、迫力ある合唱で覆いかぶせるような演奏が多いのですが、第一印象は、かなりすっきりした演奏でした(最初の感想です。聴くにつれ、この感想は大きく変化しました。全く違いましたので。)。最初の「運命、世界の王妃よ おお運命よ」など、20世紀のスタイルとは違い、テンポもゆっくりで少し肩すかしを食いました。最後まで聴くと、それは最初から飛ばしていなかったという展開があったわけですが。各楽器の分離も良く、旋律線も明確で、にごりの少ない演奏が、『カルミナ・ブラーナ』の音楽の構造を明確に浮かび上がらせていました。各楽器のそれぞれの存在が明瞭なのは録音の良さなのでしょうが、音楽解釈も明確なのでしょう。期待を持って聴き始めました。合唱も透明度の高い発声で好感が持てます。「森はいたるところ花盛りだ」のソプラノやテノール・パートの弱音の響きが透明で、ふっと浮かび上がる様な雰囲気を醸し出していました。8曲目の「店のおじさん、を下さい」の1分33秒あたりの女声は、リタルダンドが揃っていません。少しの「傷」でしょうが。指揮者のクリスチャン・ヤルヴィは、有名なネーメ・ヤルヴィの次男で、世界的に活躍しているパーヴォ・ヤルヴィの弟にあたります。理知的で明確な音楽づくりは、家系なのでしょうか。それとも弟の個性なのでしょうか。MDR交響楽団は、以前はライプツィヒ放送交響楽団という名前で活躍していました。現在は、中部ドイツ放送交響楽団という名前のようです。少し大人しい感じを受けましたが、傷もなく、演奏には満足しています。後半にかけて爆発するオケを聴けばかなり印象が変化します。それくらい上手いオケでした。バリトンのダニエル・シュムッツハルトは、大変上手いですし、美声でした。「太陽はすべてをいたわる」では表情たっぷりに朗々と表現していました。これくらい堂々とソロを歌い回していると、この後の演奏が凄く楽しみになってきます。『カルミナ・ブラーナ』は合唱とソリストが良くないと聴く気になれませんので。「心に燃えるはげしい怒りと苛立ちをもって」でも、彼は輝かしい美声を轟かせていました。強さと輝かしさが魅力的です。16曲目「昼、夜そしてあらゆるものが」のように、ファルセットも難なくこなし、力強い表現が素晴らしいと感じさせます。技術的にこれほど上手く歌ってもらえれば大満足でしょう。他の曲目でも上手さを感じながら聴き通しました。バリトンでこれだけ見事で完成度の高いソロは、他の『カルミナ・ブラーナ』でもめったに聴けません。数多の演奏の中で相当上位に位置づけられるのではないでしょうか。ダニエル・シュムッツハルトという名前を心に刻みました。「[輪舞] ここで彼女らは踊る、輪になって踊る おいで、おいで私の恋人」のアルトのパートは少し大人しいですね。もう少し表現を明確にしても良いのでは、と思わざるをえません。一方、テノールの響きの美しさは特筆モノです。輝かしい声質ですし、オーケストラに負けていません。ファンファーレのようなオケの迫力と合唱の掛け合いが「たとえ世界が全部我が物になるのでも」の箇所の魅力でしょう。「[焙られた白鳥の歌] かつて私は湖に住み」を歌うテノールのマルコ・パヌッツィオにも拍手を送りました。ファルセットを駆使しながら、この音域の広いソロを見事に表現していました。歌詞も奇妙ですし、不思議な旋律です。難しいソロの極致でしょうが、天晴れと言える歌唱でした。これは怪演と呼ぶに相応しいソロ歌唱でしょう。14曲目の「居酒屋にて 我々が居酒屋にいる時は」は、男声合唱の実力がはっきりする曲です。早口言葉のような歌詞を、メリハリを付けながら歌い切りました。アクセントの位置も明瞭ですし、強弱、テンポの揺らぎも難なくこなし、最後まで歌い終えます。2分強のあたりは圧巻とも言える迫力で押し切っていました。ここも聴きものでしょう。ソプラノのキーラ・ダフィーは「求愛 恋は、どこへでも飛んで行く」の後半で登場します。透明な声質で、他のソリストとの親和性を感じます。彼女の弱音のロング・トーンとオケが溶けあうような美しさを披露していました。17曲目の「乙女が立っていた」も好みです。この曲のソプラノ・ソロは、響きの美しさが生命線ですから。大いに満足させられました。21曲目の「私の心のゆれ動く秤の上で」も大好きな曲です。何回聴いてもうっとりします。木管楽器の響きとソプラノが呼応して、得も言われぬ極上の世界を創り上げていました。22曲目の「楽しい季節だ」では、パーカッション、ピアノなど、従来の演奏(収録)では埋もれていた様なパートが明確に表現されていますし、ソリストも前に出てきます。ここでも録音の良さを推奨できますし、かなりの水準を維持していました。23曲目の「私のいとしい人!」のソプラノ・ソロのハイDは、無理なくこれ以上ないほどの美しさで披露していました。天晴れでしょう。そして「ブランツィフロールとヘレナ たたえよ、最も美しい、貴い宝」へと続きます。圧倒的な合唱の迫力とオーケストラの咆哮が轟き渡りました。冷静でありながら、かつ音圧の魅力をリスナーに感じさせる素晴らしい演奏でした。1分46秒の箇所の合唱の輝かしさ、これぞ『カルミナ・ブラーナ』でした。♪Venus Venus  Venus♪の箇所の大迫力は類を見ません。ここの接続は名盤のヨッフム盤を凌駕したのではないでしょうか。そして「運命、世界の王妃よ おお運命よ」へとなだれ込みます。この最終章を聴くと、最初の歌唱は、序章でした。大人しいという感想は、最後まで聴いてみないといけません。何にも言うことのない大団円がここにありました。ヨッフム盤も大好きですが、一度このクリスチャン・ヤルヴィ盤を聴いてください。21世紀の高い演奏水準と見事な解釈がここに存在していました。過去の名盤と比較することで本アルバムの素晴らしさを受け取られることでしょうから。2012年7月2日から5日にかけて、ライプツィヒのゲヴァントハウスで収録されたものです。 オルフ:カルミナ・ブラーナ 関連情報

クリスチャン・ヤルヴィ ペルト:スターバト・マーテル

スターバト・マーテル(悲しみの聖母)には幾つかの名作がある。ペルゴジーニ(アバド指揮):「スターバト・マーテル」、及びドヴォルザーク(シノーポリ指揮):「スターバト・マーテル」が挙げられる。これらはソリストを含み、かなりドラマティック仕立てである。ところがこのペルト(クリスチャン・ヤルヴィ指揮):「スターバト・マーテル」はソリストを含まず、混声合唱と弦楽合奏版であり、静謐の「悲しみの聖母」が演じられる。特に、フィナーレの余韻は感動的。デイスク3曲目の「都に上る歌(詩編121番)」も良い。ところが問題は、2曲目の交響曲第3番。少々単調。これが無ければ☆5つなのだが、惜しい。しかし、交響曲第3番を入れても☆4つは、その実力の程を示し、聞く価値は十分。 ペルト:スターバト・マーテル 関連情報




Loading...


ここを友達に教える