blue [DVD]
東京、名古屋、そして地元浜松と三度も映画館に足を運びました。
不思議でした。全ての回、同じ作品なのに、 全く違った印象を、感動を受けたんです。
桐島から見た遠藤。遠藤から見た桐島。そして、中野から見た二人。
特に忘れられないのが2度目に見たときです。
2人で、夜が明けるまで、森の中を静かに、そして淡々と話しながら、
それでも素直に、心が痛むほど素直に、お互いを語り合う。
そのシーンで涙が止まらなくなりました。
ココロでそのシーンを感じ、そのココロが震えているのがわかりました。
こんなにも、人の心を、女の子のものすごく繊細な部分を描いた映画。今まで出会ったことがありませんでした。
この映画に出会った頃、私は心に病気を持っていました。
そんな私には、優しく話し掛け、
そして癒してくれたんです。
いかにも、 ではなく。
なにげなく。
Blue (Mag comics)
作者のファンであったので、手を出したのですが、前評判通りの本で読み終わったあとなんとも言えない気持ちになりました。
勿論良い意味で…
女の子が女の子に惹かれる。
一見聞くとだいたいの方は顔を歪めるかも知れませんが、結構身近にありそうだとこの本を読んで頂ければ分かってもらえるかと思います。
実際アタシ自身そう言う経験があり、この本の主人公と同じような思いをしたことがあります。
女の子が女の子に惹かれる。
その友情が少し越えた…いや、それ以上のそして物凄く切なくて歯痒い気持ちや感情が、淡々としたテンポで描かれていて、サラリとと読める画面の絵なのに中身はすっごく濃い本です。
なんとも言えない気持ちになりました と先に述べましたが、読み終わった後に同じことを感じる方は沢山いるのでは?
と思います。
同じ経験をした人も、そうでない方も。
人を好きになる気持ちは同じなんですから。
…臭い言葉で申し訳ないです;;(苦笑)
南瓜とマヨネーズ (フィールコミックスGOLD)
どうしようもナイ男を好きになる女の気持ちはもう全然わからないが
男だってどうしようもない女を好きになるし、男とか女とか関係なく
感情移入できる話だと思う。
2人の男の間で揺れ動く主人公が最終的に選んだ道が「正しかった」のか
はわからないけれど
幸せは形に残るものでも、残していくものではなくて、
もっと瞬間的な、ぽっとただそこにあるものだと感じた。
(もちろん過去の「思い出」も含めて。)
主人公はそれが自分にとっての幸せの形だと、学習したのだと思う。
Strawberry shortcakes (フィールコミックスGOLD)
何が楽しいわけでもなく、かといって嫌なことが続いているわけでもない。
可もなく不可も無い日常。
でも、なにかが足りなくて満たされなくて、それでも上手に表面上坦々と日々の生活を繰り返す。
そんな毎日を送っていたときにこの本に出会いました。
どの主人公にも自分にあてはまる部分が多々あり、その度に胸が痛んで、
「なんだ、私こんなことも思ってた」
ってまるでこの本が私の言葉を代弁してくれてるかのようだった。
読み終わる寸前には涙が溢れて、読み終えてからしばらく涙が止まらなかった。
でも、泣けてとてもすっきりしました。
ああ、泣きたかったのか、私、と。
この本に今出会えてよかったです。
心のもやが晴れて、すっきりしました。
ストロベリーショートケイクス [DVD]
この映画を見ていてしきりと「捨てる」と「拾う」という言葉を思い出した。
里子は隕石のような石を拾い、神と名付ける。里子はその神に勤務先のセクハラ上司の死と自身の新しい恋を願う。上司は死んでしまい、恋の願いは未完であるが、里子が転職したラーメン屋のコックが案外と恋の相手になるかもしれない。但し、石自体は最後、海に「捨て」られてしまう。
塔子はトマトを「拾う」ことで、難航していた表紙のイラストを描き上げる。但し、注文先に出版社にそのイラストは拒否され、「捨て」られたかのように里子の勤務するラーメン屋に忘れられる。それを里子が「拾い」、秋代にプレゼントする。
秋代は自分自身を「捨て」ていたが、里子にトマト農園に連れて行かれた事で人生を前向きに生きることを始める。結果としてトマト農園のトマトは、思い続けている男友達の家の前に「捨てる」ことになったが、上記の塔子がそれを「拾う」ことで新しい役割を果たす。
ちひろは男に「捨て」られる女性として描かれているが、嘔吐している塔子を「拾う」ことで、新しい人生を目指すことになった。
こうやって書き出すと、「捨てられた」物が「拾われる」ことによって、捨てた人と拾った人が次第に接近していく様が見えてくる。もっともらしい言い方をすると一種の贈与論のような話にも見えてくるくらいだ。
レビューを見る限り賛否両論が多い。理由としては性行為の場面への言及が多い。僕としても、本作のいくつかの場面において違和感があったことは確かだ。但しセックスの嗜好というものは無数にあるわけであり、自身の違和感を以て、この作品の評価を定めるということ自体にはいささか不毛な気もしないでもない。むしろセックスシーンを忘れてこの作品自体を俯瞰してみると、なかなか良く出来ている作品だと僕は思う。特に池脇千鶴の芸達者ぶりや中村優子の見せる「女の二面性」等の演技力は見ていて感心した次第だ。その意味では本作は有る意味でいささか不当な評価を得ている面もあるかもしれない。僕個人としては、本作はなかなか良く出来た作品だと考える次第だ。