過越しの祭 (岩波現代文庫―文芸)
本の帯に「国際結婚、障害児の誕生・・・闘い続ける女の本音」とあるのを見かけて、なんとなく手に取った一冊だった。私も障害児を育てる母親であるので、こういう説明文には自然と引き寄せられてしまう。芥川賞作家の書く「障害児の母」は、どんなふうだろうと、なかば興味本位に読み始めたのだが、あっという間に物語の修羅場つぐ修羅場にひきずりこまれ、作者の分身らしい主人公道子の気性の強さや、修羅場に飲み込まれて沈没しない絶妙のバランス感覚に魅せられていき、気になる部分を何度も読み返し、ふと気づいたら夜が明けていた。
短いが、壮絶な物語である。おそらくは重度の自閉症児と思われる息子のケン。自閉症児に勝るとも劣らない癇癪やこだわり性格を持つ夫のアル。夫婦の間にはどうにもならない異文化間ギャップまであり、摩擦や怒鳴りあいは日常茶飯事である。
自由に生きようとして日本を離れ、アメリカにきた道子が、思春期に入った自閉症の息子に髪をむしられ頭皮まで引き抜かれそうになり、理不尽な夫が絶えず投げてよこす癇癪の受け皿になり、嫁ぎ先のユダヤ文化に個の尊厳まで圧迫され苦しみながら、決して自分を見失わず、母語である関西弁で、強くやわらかく、そしてどこかおかしみさえ漂わせながら、物語っていく。すごい、というほかは無い。