果しなき流れの果に (ハルキ文庫)
中学生の頃一度読んで、40代になって読み直しました。
中学生の頃はひたすら数十世紀という想像を絶する時間と
なんだかわからない階梯とか次元とかの言葉の感覚にくらくらして
すごいすごいと感じたものでした。
大人になって読み直してみて、別物のように感じています。
人生折り返し点にたどりついたせいか、人一人の人生の長さ、
果てしなさ、そしてその果てに見るものを想像してくらくら
している自分がいます。数十世紀をかけまわった主人公野々村と、
普通の時間の流れを生きたヒロインの時間が同じように見える
んですね。そして同じところに終着した、説明できない流れ。
作品の冒頭にネタバレしているような構成なのに、最後まで、
終着するまで感動が絶えません。不思議です。
日本沈没 [DVD]
日本が沈んだ場合の日本民族の将来をどうすべきかの
丹波哲郎演じる総理大臣とワタリ老人とのやりとり。
(丹)
『なにもせんほうが・・えぇ・・・・?』
(老人)
『そうじゃ
なにもせんほうがえぇ。このまま日本とともに海に沈むことが
日本及び日本民族にとって一番いいことじゃ。』
(丹)
『ワタリさん・・・・・
それは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(涙)』
首相の沈黙とともに絶望と悲哀と苦渋の混じったそして心底でおもっていた首相の本音がまさにそうであるのに
首相の立場としてそれを認めることは絶対に出来ない
といぅ究極の葛藤が
あの5秒ほどの沈黙と表情と涙の演技に
あらわされていました。丹波哲郎氏一世一代の名演だとおもいました。
日本沈没 下 (小学館文庫 こ 11-2)
東海地震、東南海地震、南海地震同時発生が本当に起きてしまったら…というシミュレーションがこの『下』で再現されていることを改めて知りました。最近になって、スマトラ沖地震と瓜二つの大規模な地震が日本でも起こるという事実を知ってからは、これは全くの科学空想ではないな、と考えています。しかし、圧倒的だったのは『上』の東京大震災のシーン。あそこまで書き込みがすごいなんて…。
東海地震、東南海地震、南海地震同時発生のシーンはかわぐちかいじの「太陽の黙示録」第1巻でも描かれていますので、そちらの作品もご参照ください。
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案の定「酷評の嵐」であるが、「こうすれば日本を沈没から救うことができる。そういう話でなければリメークの意味はない」というレビューを読んで、はじめて「この映画の意図」が理解できた。
ただ、原作をここまで変えるのなら「それ相応の工夫」がいるだろう。全体をみて感じるのは柴咲と草なぎの個人的な話がメインで、それを映えさせるために「日本沈没」がおまけについているとしか思えない。
1973年版にも、確かにラブロマンスはあった。しかし、「日本沈没という大問題」に真摯に対峙する、首相をはじめ政府関係者の姿がよく描かれていた。
本作では、この部分があまりにもお粗末。首相は火山噴火で飛行機が墜落して死に(そんなに低空飛行しないだろう!)、首相代行は何もしない。危機管理大臣ひとりが孤軍奮闘する。こんな話はないだろう。
旧式潜水艇がなぜ限界を超えたところまで潜れるのか。「気合」でやったからできたということか。
柴咲が、都合よく草なぎや自分の知人のところに現れるのも、かなり無理がある。
原案はもっと骨太な話ではなかったのか。営業サイドの要望で、ソフト路線に変更したのか。
こういう「娯楽作品」でなければ客を呼べないのかも知れない。それなら、違うテーマでやるべきだ。
日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)
出だしは、面白そうだという期待を持たせてくれる。が、最初の100ページほどは、はっきり言って退屈である。しかし、前半の途中から、物語は急展開を見せはじめる。中規模の地震がひんぱんに起こり、休火山が次々に噴火する。そして、災害はその規模を増していき、ついに「その時」が来る…
東海地震、東南海地震、南海地震が同時に起こるかもしれないと懸念されている今、日本沈没の部分は除いて、地震の描写などは決して絵空事ではない。
ひとつの国が消滅するということがいかに大変なことか、この本は明確に示してくれている。国土を失うということは、単に生活が不便になるなどというなまやさしいものではない。国という存在によって私たちのアイデンティティーは成り立つ。それを失うということは、自分を作っている基盤が崩壊するということである。自分を取り戻すためには、自己の根底にあるものを再構築しなければならないのだ。それがどれだけ難しいかは、考えてみれば分かるだろう。
小松左京は、決して文章がうまい作家ではない。情景描写も、他の作家に比べて、真に迫っているとは言い難い。にもかかわらず、この小説は、人の心を引きつける。書かれた当時としては斬新な構想と、スケールの大きさで、十分読者を引っぱっていくことができる作品になっている。構想の勝利といえる。