クラシックの世界では、ありそうでなかった全編がテナーサックスのソロＣＤ。新井氏の音色は甘くやさしい。特にその高音はえもいわれぬ気品と色気を兼ね備えています。その音色で歌われるグラズノフの吟遊詩人の歌は、中世において人々に歌と物語を伝えつづけたトルヴェール(吟遊詩人)の姿をわれわれの眼前に映し出してくれます。

　名アンサンブル、トルヴェール・クヮルテットでアルト、テナーを担当する彦坂眞一郎＆新井靖志のお二人によるデュオ・アルバムです。付属の、「曲目並びに演奏者について」を書いている榎本孝一郎氏が殆ど全てを述べているので、それを読んでしまうと、何も余計事を付け加えなくてもいいのかな、と思います。
　このCDはサックス２本のみで、ピアノ伴奏すら入らないというアルバムですが、そんなことを微塵も感じさせない多彩さを持ち、また、サックスという楽器の心地よさが何とも言い難いです。ステージでも感じさせてくれる、両奏者の楽しくも根はとても真摯（紳士？）で真面目（そう）な２人の奏でる、或る種耳に心地よい−人の声に最も近いという楽器故でしょうか−刺激的なトゲトゲしたところのない両氏の音楽性が感じられるアルバムと言えそうです。
　ただし、その心地良さがBGMに堕さない−BGMに良くないイメージ、つまりは、BGMは邪魔にもならなければ真剣に聴く気にもならない、或いは、真剣に聴くほどのこともないというニュアンスを感じる−で欲しいなと思います。これは、最近の若い方々−吹奏楽部に属する多くの中高生の皆さんを含めて−の音楽の聴き方に、一抹の懸念を抱くオジサンとしては、杞憂であれば、と思います。