BOXセットが出るなんて、制作者はファンの落としどころをよく知っています。幻の短編「ヒメノプテロ」「LUNA-月-」が収録され、今では簡単に手に入れることのできなくなっている大傑作『テシス』も入っているのですから。映画ファンを自認する方なら必携の一品です。長編３本は既に持っていますが私も買い直します。本当に優れた映画群なのです。
　監督アメナーバルはまだ劇場公開長編を４作しか撮っていませんが、それだけで映画の天才の名をほしいままにしている「本物」です。今回のBOXで彼の辿ってきた軌跡を今一度追体験できることでしょう。本国スペインで興業成績の新記録を打ち立てた『テシス』、『バニラ・スカイ』としてハリウッド・リメイクされた絶品『オープン・ユア・アイズ』、その効果あってハリウッドで制作された悲痛なゴシック・ホラー『アザーズ』、そして待望の新作『海を飛ぶ夢』は感涙のドキュメンタリー…。彼が世界に通じる作品を撮り続けてきたことや、一貫して現実と夢・虚構が交錯する幻想世界をテーマとしてきたこと（ドキュメンタリーである『海を飛ぶ夢』でさえ、まさに「海を飛ぶ」素晴らしい幻想シーンが一つの山場なのです）、そして自作の音楽が映画全体に荘厳さと格調を与えていて、作品の高品位から切り離せない要素だということ、等々がよく分かるのです。
　彼がハリウッドに招聘された時、彼の才能が食いつぶされてしまうのではないかと１ファンとしてはハラハラしていました。ところがどうして、かえって彼は作家的成長を遂げ、本来撮りたかったのはこういう路線だったのではないかと思わせる新作を見せてくれました。確かに『海を飛ぶ夢』はそれまでのトリッキーで驚愕のラストがある映画とは毛色が異なっています。ヨーロッパには今でも素晴らしい映画と作家が息づいており、特にスペイン映画の充実は見事なものです。その至宝、アメナーバルの素晴らしさをご鑑賞下さい。

大学で映像を学ぶ主人公アンヘラは、論文「テシス」のため放送禁止になった映像暴力を探すべく、担当教授そして同級生に協力を依頼する。
担当教授はあるビデオを見たあと死亡、そのビデオを思わず盗み、みたところ、そこに映っていたのは世にも恐ろしい映像だった。

この映画の絶妙さは、主人公自らが「好奇心」によってどんどん深みにはまっていくところが非常に上手く描かれている。ハリウッド映画のように、あるきっかけで主人公がなにかに巻き込まれていくというのではない。そしてヒロインが「見たくない、気持ち悪い」といいつつ「みるな」と言われ、目を手で覆いながら、映像を大きな瞳でちら見してしまう、いけないと思いつつ危ないものに惹かれ近づいてしまう、そんな心のゆらぎがよく表われている。

物語が進むにつれ、どのような展開になるか予測がますます難しくなる。一つの伏線で見えたと思った展開はすぐ崩され、一つ一つ難問をクリアしながら結論に達していくそういった醍醐味のある映画である。
アルメーバルの脚本のよさが光る。丁寧で緻密な構成である。

俳優もまたいい、子役だったアナトレントが子供の頃の目力を残したまま実に魅力的な女性となっていた。そして彼女と行動を共にするフィレ・マルティネス。（予断だがジョニー・デップに似ている）彼の印象は優男でこういった彼の演技を見た事がなかったが、不思議なオタク系青年の役がはまっている。そして謎の男のエドワルド・ノリエガ、彼も怪しい魅力たっぷりである。

映画の中では現在の映像文化や聴衆に対する強烈な皮肉も含まれており、スペイン映画はハリウッド映画とは違った方向で映画文化を発信していこうという製作者たちのメッセージかもしれない。
脚本のよさ、監督や製作者の力量、俳優の巧みが生きた傑作である。