グラナダふだん暮らし―スペインの小さな家から
グラナダ在住10年の著者が日々の生活から眺めたスペインを綴った書。
かの地に購入した家の改装工事に悪戦苦闘する様子から始まり、スペインの食や雑貨、サンタの来ないクリスマスなどについて筆をとっています。
本書には闘牛もフラメンコも登場しません。観光で訪れた人々が刹那に出会う濃厚なラテンの色合いはここにはありません。
日本人がスペイン人に対して抱きがちな力強く明るいイメージとは何の縁もゆかりもない、生活者としてのスペイン人が綴られています。
ただし著者の筆致は少々おとなしすぎる気がします。異国で、しかもスペインで独りで生きようという日本人女性ならば、もう少し強い個性の持ち主なのではないかと予期していたのですが、予想に反して文章が淡々としているといった印象を持ちました。
築50年の自宅の改装工事で味わった辛酸に対しても思ったほど憤りを感じていない様子です。
スペインで暮らす日本人であるからこそ二つの価値観を止揚した末の新たな自己主張というものが著者にはあるはずなのに、それが見られません。
著者はスペインを紹介するという作業の中で「自分」を出すことを遠慮したのかもしれません。なるべくスペインを一般化し客観的に述べようとするあまり、例えば個別事例にあたるスペイン人の友人たちの登場回数を思い切り減らしたのではないでしょうか。
しかし本書はスペイン事情の単なる解説本ではないはずです。<40代の日本人女性が独りで暮らしながら感じたスペイン>を知りたいと思って本書を手にする読者も少なくないでしょう。エッセイであるならば、より個性的であってよいと思います。
次回作に期待します。
なお、スペイン在住の日本人女性が書いた類書に以下のものがあります。
安藤まさ子著「アルハンブラの誘惑」(実業之日本社)
湯川カナ著「カナ式ラテン生活」(朝日出版社)
どちらもなかなか個性的なスペイン生活が綴られています。
かの地に購入した家の改装工事に悪戦苦闘する様子から始まり、スペインの食や雑貨、サンタの来ないクリスマスなどについて筆をとっています。
本書には闘牛もフラメンコも登場しません。観光で訪れた人々が刹那に出会う濃厚なラテンの色合いはここにはありません。
日本人がスペイン人に対して抱きがちな力強く明るいイメージとは何の縁もゆかりもない、生活者としてのスペイン人が綴られています。
ただし著者の筆致は少々おとなしすぎる気がします。異国で、しかもスペインで独りで生きようという日本人女性ならば、もう少し強い個性の持ち主なのではないかと予期していたのですが、予想に反して文章が淡々としているといった印象を持ちました。
築50年の自宅の改装工事で味わった辛酸に対しても思ったほど憤りを感じていない様子です。
スペインで暮らす日本人であるからこそ二つの価値観を止揚した末の新たな自己主張というものが著者にはあるはずなのに、それが見られません。
著者はスペインを紹介するという作業の中で「自分」を出すことを遠慮したのかもしれません。なるべくスペインを一般化し客観的に述べようとするあまり、例えば個別事例にあたるスペイン人の友人たちの登場回数を思い切り減らしたのではないでしょうか。
しかし本書はスペイン事情の単なる解説本ではないはずです。<40代の日本人女性が独りで暮らしながら感じたスペイン>を知りたいと思って本書を手にする読者も少なくないでしょう。エッセイであるならば、より個性的であってよいと思います。
次回作に期待します。
なお、スペイン在住の日本人女性が書いた類書に以下のものがあります。
安藤まさ子著「アルハンブラの誘惑」(実業之日本社)
湯川カナ著「カナ式ラテン生活」(朝日出版社)
どちらもなかなか個性的なスペイン生活が綴られています。
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX6
今回の第6シーズンは、マープル物の長編全12作のうちで最後に残った『カリブ海の秘密』と、アガサが「料理長のおとくい料理集」中の「選りぬきの添えもの料理」としている短編集『クリスマス・プディングの冒険』中の唯一のマープル物『グリーンショウ氏の阿房宮』、そして、ノン・マープル物のロマンティック・ミステリの傑作である『終わりなき夜に生まれつく』の3作のみの収録となっている。
『カリブ海の秘密』は、まず一見して、原作及びBBC制作の旧シリーズ版と比べると、カリブ色が強烈に前面に出ていることに気付かされる。問題はその内容なのだが、大筋では原作に沿って物語は進んでいるものの、人物・物語の設定とも、細部の改変が目立っている。その中には、原作では年寄りの端役に過ぎない司祭をヒロインに思いを寄せる青年にしたり、容疑者の一人にマープルが捜査で頼る医師の役割の一部を兼ねさせたりといった、首を傾げたくなるような改変も含まれている。こうしたさまざまな改変が、原作のレベルアップに繋がっているのなら評価もできるのだが、一体、何のための改変だったのかと思ってしまうような、単なる小細工のレベルに終わってしまっており、原作の最大の読みどころであるクライマックスにも、わざわざ全く緊迫感のない冴えない改変を施してしまっている。今回、改めて旧シリーズ版も見直してみたが、より原作に忠実に、かつ、分かり易く作られており、安心して身を委ねることができた。新シリーズの根本的な問題点が見えてしまう典型的な作品だったと思わざるを得ない。
『グリーンショウ氏の阿房宮』は、前作とは打って変わって、素晴らしい出来だった。『名探偵ポワロ』の場合は、短編作は短編ドラマとして制作していたのだが、それでも大幅な改変無くしてドラマは成立しなかった。本シリーズでは、これを長編ドラマにしてしまおうというのだから、脚本家の腕がより一層問われることになる。この『グリーンショウ氏の阿房宮』は、もともと原作の方も、短編作としては凝ったトリックを使ったなかなかの作品なのだが、本作は骨格となるそのトリックは維持しつつも、人物設定・プロットとも大幅に変えて二つの殺人事件を追加しており、複雑に絡み合った真相のマープルの鮮やかな解明振りを一層際立たせているのだ。いかにも愛の作家アガサなら付け加えそうな、ドラマオリジナルの微笑ましいラストシーンもいい。
『終わりなき夜に生まれつく』は、『アガサ・クリスティ ミステリーDVDコレクション』に収録されている『エンドレスナイト』に次ぐ2作目の映像化となるが、本作のように、マープルやポワロのような名探偵物にしてしまうと、作品の持ち味が失われかねないという難しい作品だ。本作の脚本家ケビン・エリオットは、1シーズン1作を担当している人であり、基本的に、本シリーズでは珍しい原作忠実路線を行く人でもある。また、『動く指』、『鏡は横にひび割れて』や、『名探偵ポワロ』の『五匹の子豚』、『カーテン~ポワロ最後の事件~』などでその有能振りを示してきた人でもあり、この人がどのようにこの作品を処理しているのか、注目して見させてもらった。
さて、その本作だが、クライマックスの出来は素晴らしかったと思う。ただ、その後で原作を読み直し、改めて原作特有の手法の持ち味と、特に終盤でのアガサの文学的でさえある圧倒的な筆力を目にしてしまうと、この原作のドラマ化、特に本作のような形でのドラマ化では、やはりそのよさの完全な再現は無理だとも思ってしまった。しかし、それでも本作は、基本は原作忠実路線を行っているし、その中で特に、ある出来事と登場人物の関係とプロットの順番を組み替え、ラストでの野望の崩壊のさまを原作とは別の形で鮮やかに浮き上がらせており、ケビン・エリオットの有能振りは、はっきりと見て取ることができた。『エンドレスナイト』よりは、一枚も二枚も上手だ。
『カリブ海の秘密』は、まず一見して、原作及びBBC制作の旧シリーズ版と比べると、カリブ色が強烈に前面に出ていることに気付かされる。問題はその内容なのだが、大筋では原作に沿って物語は進んでいるものの、人物・物語の設定とも、細部の改変が目立っている。その中には、原作では年寄りの端役に過ぎない司祭をヒロインに思いを寄せる青年にしたり、容疑者の一人にマープルが捜査で頼る医師の役割の一部を兼ねさせたりといった、首を傾げたくなるような改変も含まれている。こうしたさまざまな改変が、原作のレベルアップに繋がっているのなら評価もできるのだが、一体、何のための改変だったのかと思ってしまうような、単なる小細工のレベルに終わってしまっており、原作の最大の読みどころであるクライマックスにも、わざわざ全く緊迫感のない冴えない改変を施してしまっている。今回、改めて旧シリーズ版も見直してみたが、より原作に忠実に、かつ、分かり易く作られており、安心して身を委ねることができた。新シリーズの根本的な問題点が見えてしまう典型的な作品だったと思わざるを得ない。
『グリーンショウ氏の阿房宮』は、前作とは打って変わって、素晴らしい出来だった。『名探偵ポワロ』の場合は、短編作は短編ドラマとして制作していたのだが、それでも大幅な改変無くしてドラマは成立しなかった。本シリーズでは、これを長編ドラマにしてしまおうというのだから、脚本家の腕がより一層問われることになる。この『グリーンショウ氏の阿房宮』は、もともと原作の方も、短編作としては凝ったトリックを使ったなかなかの作品なのだが、本作は骨格となるそのトリックは維持しつつも、人物設定・プロットとも大幅に変えて二つの殺人事件を追加しており、複雑に絡み合った真相のマープルの鮮やかな解明振りを一層際立たせているのだ。いかにも愛の作家アガサなら付け加えそうな、ドラマオリジナルの微笑ましいラストシーンもいい。
『終わりなき夜に生まれつく』は、『アガサ・クリスティ ミステリーDVDコレクション』に収録されている『エンドレスナイト』に次ぐ2作目の映像化となるが、本作のように、マープルやポワロのような名探偵物にしてしまうと、作品の持ち味が失われかねないという難しい作品だ。本作の脚本家ケビン・エリオットは、1シーズン1作を担当している人であり、基本的に、本シリーズでは珍しい原作忠実路線を行く人でもある。また、『動く指』、『鏡は横にひび割れて』や、『名探偵ポワロ』の『五匹の子豚』、『カーテン~ポワロ最後の事件~』などでその有能振りを示してきた人でもあり、この人がどのようにこの作品を処理しているのか、注目して見させてもらった。
さて、その本作だが、クライマックスの出来は素晴らしかったと思う。ただ、その後で原作を読み直し、改めて原作特有の手法の持ち味と、特に終盤でのアガサの文学的でさえある圧倒的な筆力を目にしてしまうと、この原作のドラマ化、特に本作のような形でのドラマ化では、やはりそのよさの完全な再現は無理だとも思ってしまった。しかし、それでも本作は、基本は原作忠実路線を行っているし、その中で特に、ある出来事と登場人物の関係とプロットの順番を組み替え、ラストでの野望の崩壊のさまを原作とは別の形で鮮やかに浮き上がらせており、ケビン・エリオットの有能振りは、はっきりと見て取ることができた。『エンドレスナイト』よりは、一枚も二枚も上手だ。
スペインのBARがわかる本―グラナダ・バルの調査記録報告書
いわゆる「第3の場所」としてのコミュニティレストランやカフェ、バーへの注目が集まる中で、本書はそのひとつのモデルとしてのスペインのバルを取り上げた、興味深い本となっています。
著者の川口剛氏は都市計画・建築に関する勉強を大学でされ、スペイン滞在経験の後、現在は食とまちづくりを考えるNPO「まちばる」を札幌で主催しているという経歴の持ち主です。
著者はスペイン・グラナダのバルを回り、店の造りやメニューから来客の行動調査まで、ひたすらバルのもつ独特の空間とそこを訪れる人々を描き出します。
そして著者は、地域のコミュニティの一部としてのバルの重要性を発見していきます。
タイトルからは堅い調査論文を思い浮かべる方もおられると思いますが、本書は決してとっつきにくい本ではありませんし、かといって底が浅いわけでもありません。単に読み物として面白いだけでなく、コミュニティ論・まちづくり論の面からも数多くの知見が得られるかと思います。
もちろん、「そういった堅い話題はどうでもいいから、スペインに興味があるんだ」という方にもお勧めです(笑。
著者の川口剛氏は都市計画・建築に関する勉強を大学でされ、スペイン滞在経験の後、現在は食とまちづくりを考えるNPO「まちばる」を札幌で主催しているという経歴の持ち主です。
著者はスペイン・グラナダのバルを回り、店の造りやメニューから来客の行動調査まで、ひたすらバルのもつ独特の空間とそこを訪れる人々を描き出します。
そして著者は、地域のコミュニティの一部としてのバルの重要性を発見していきます。
タイトルからは堅い調査論文を思い浮かべる方もおられると思いますが、本書は決してとっつきにくい本ではありませんし、かといって底が浅いわけでもありません。単に読み物として面白いだけでなく、コミュニティ論・まちづくり論の面からも数多くの知見が得られるかと思います。
もちろん、「そういった堅い話題はどうでもいいから、スペインに興味があるんだ」という方にもお勧めです(笑。