本書は文部省の給付留学生として
ドイツのマンハイム大学に1980年代初頭!に留学した著者が、ふとしたことから数百年の伝統を持つ
ドイツの学生結社に入会し、その会の伝統である決闘(メンズーア)をやることになった経緯と、
ドイツのゲルマンエリートの間に連綿と引き継がれる決闘(メンズーア)の歴史を解説したものである。
ドイツの貴族社会やエリート社会の間で「決闘」の伝統があることは知っていた。
ドイツ貴族(ユンカー)の出身で「鉄血宰相」とたたえられたオットー・フォン・ビスマルクが頬に刀傷があることは知っていたし、ナチス
ドイツで空挺部隊を率いて幽閉されていた
イタリアのムッソリーニ首相を救出したことで知られるオットー・スコルツィーニ中佐も頬に盛大な刀傷を負っていた。しかし、まさかその「決闘」が単なる偶発的な「喧嘩」の類では無く、非常に様式化され制度化されて詳細なルールが定められ独特の防具までをも持つ一種の「成人式」「元服式」として
ドイツのエリート社会に確固たるものとして組み込まれているものだったとは知らなかった。
著者は
ドイツ文化史であり
ドイツ文学の研究者であって、決していわゆる武ばった武辺の人物では無い。典型的な文科系の、どっちかというとあんまり過激なことはお好きな方ではなさそうな人である。その文学部卒の学者の卵が、何を思ったのか「男だけの話や人生論をとことん、なんの気兼ねもなく交わしたり、議論したりする真の友人が作れないものか」という動機から、良く分からないままに学生結社のひとつコーア・レノ・二カーリアに入会し、結局二度も決闘を経験するに至るのである。
ドイツの決闘(メンズーア)の概要を要約すると以下のようになる。武器は両刃で刃渡り90センチほどの真剣で、これを利き腕で持ち、叩きつけるようにして相手に打ち込む。防具はムチウチ症になった人が付ける頸部コルセットみたいなものを首の周りに付ける。頸動脈を切られると即死するので、それを防ぐためである。目と鼻も防具でガードする。これは鼻カバー付きの水泳用ゴーグルを大きくしたみたいなもので、その他、肩から胴体を全部カバーする防具も付ける。そうなると狙いどころは頭部と顔、特に頬ということに自然となる。こうしてひと勝負6秒くらいのものを25ゲームほどを、途中でドクターストップがかかるほどどちらかが斬られない限り行うというものである。この勝負の間、足も、首も動かしてはいけない。決闘の当事者は仁王立ちになって微動だにせず、ひたすら腕のみを動かして斬りつけ防戦するのである。途中、少しでも動いたらムッケン(卑怯な行為)をしたと宣言され、その決闘は無効とされるのである。ちなみにこの決闘の結果として負うはめになった頬の刀傷は「シュミス」と呼ばれ、「男の勲章」として
ドイツ社会では一定の敬意の対象となるのである。頬に刀傷を負っているものを「これモノ」と呼んで軽蔑する我が国とはえらい違いである。
後半にはこの
ドイツの学生結社がアメリカの学生結社(スカル・アンド・ボーンズ、ファイ・カッパ・ベータなど)の下になった等の秘密結社を巡るエピソード紹介も含まれる。
確かに著者が言う通り、この決闘という「通過儀礼」を経て形成された
ドイツ学生の絆は強そうである。その友情は生涯にわたって続くんだそうで、いうならば「戦友」と似たようなものなのだろう。