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この映画が1987年に公開された時、私は有楽町の劇場で観ていたが、途中から退席するカップル(女性)が多かった。これをデートムービーと誘われて来場したと思うのだが、扱うテーマがテーマだけに生理的に受け入れられなかったのだろう。しかし男性はこの退廃的で耽美的な映像に惹かれる。これはもう男女の感覚の違いというか、脳の構造からして理屈では割り切れない。
リンチの映画は観る度にその不可解さが増してゆく。それは映画本来の枠から逸脱するのが信条と言わんばかりの感覚で捉えており、その難解さや複雑さは他の監督との比ではない。特にこの映画以降は本筋から脱線したようなサイドストーリーがいつしか本筋となってしまい先が読めずに当惑する。だがそれが独特の魅力となっているのも事実で、その奇怪で不可思議な映像表現に惑溺していく。
冒頭、カメラが草を掻き分け昆虫の生態を捉えた映像が全てである。見慣れた風景もその底辺では自然の摂理で不気味に蠢く昆虫が存在し普段は見えないのだ。表向き普通の人間も一皮剥けば異様な性癖で倒錯した官能を露わにする。そんな人間が闇夜に蔓延る町がランバートンなのだ。この町は昼と夜とでは別な顔を持つ。リンチは常に物事の裏側に隠れた醜悪な部分に光を当て、そこから真理を見出そうとする。
主人公が偶然覗き視る行為を通して見た異常な光景。日常の中に潜む非日常。人間が持つ2面性の負の部分を掘り下げ、その本能の潜在的な本質を探ろうとしたリンチは、変態性や異常な快楽を刺激してそれを暴こうとした。映画で描かれる事件はその為の手段に過ぎない。従ってこの映画は殊更ストーリーを追うより、リンチ特有の映像感覚に浸りながら異様な時間の流れに身を委ねて楽しむ(楽しめないか)

【雑感】
リンチの出現でこの種のテーマが扱い易くなったのも事実であろう。人間が隠そうとする闇の部分を拡大解釈してランバートンを捉えた映像センスは見事である。この作品はその後の方向性を考える上でも重要な位置を占める。反社会的な題材でその特殊性ばかりが強調されるが、彼は特異な感性に基づく映像感覚が独創的である。間違ってもこの人にアカデミー賞など与えてはいけない。この孤高の映画監督は終生デビット・リンチとして異端の映像作家であって欲しい。

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