斑鳩王の慟哭 (中公文庫)
前作「聖徳太子―日と影の王子〈上〉」を受け、苦悩する太子の後半生を描く。しかし太子の苦悩、残された一族の滅亡には、推古帝が深く関わっており、その意味で本書は「紅蓮の女王―小説 推古女帝 (中公文庫)」の続編といってもいい。
宿敵・物部氏を撃ち滅ぼし、先帝崇峻をも弑逆した馬子の権力を遮るものは今や何もなかった。彼は悠然と兄妹同然の炊屋姫を女帝とし、聡明な娘婿の厩戸を摂政皇太子に据えたのであった。皇太子と娘・刀自古郎女の間には山背大兄皇子が生まれており、この孫を将来は大王に、というのが馬子の構想だった。
通説は「太子は、蘇我氏との協調を保ち、推古女帝の下で仏教の教えを生かしながら数々の改革を行った」とする。が、彼は終生帝位には就けず、力強く自身の政策を遂行したとはとても言えない。政治の主舞台は依然馬子が支配する飛鳥朝廷にあって、太子は斑鳩宮にこもってしまう。彼の没後継子・山背大兄皇子は大王となるどころか入鹿の手によって一族もろとも滅ぼされてしまう。
太子が直面した困難と蹉跌とは何だったのか、何によるのか。黒岩氏はこれを推古女帝にあるとみて推古の血統をさかのぼっていく。これ以上書くのは差し控えるが、馬子といえども、中年を過ぎ今や巫女的風貌を帯びて帝位を手放そうとはしない炊屋姫の変身を読み切れなかったこと、厩戸・山背大兄皇子に王位を継承させ蘇我氏支配の維持を目論んだにもかかわらず、蝦夷・入鹿の世代が推古と共に、非蘇我系の舒明を擁立し、その結果数年にして蘇我一族滅亡を迎えるという歴史の皮肉に深い感慨を覚える。黒岩氏の傑作。
宿敵・物部氏を撃ち滅ぼし、先帝崇峻をも弑逆した馬子の権力を遮るものは今や何もなかった。彼は悠然と兄妹同然の炊屋姫を女帝とし、聡明な娘婿の厩戸を摂政皇太子に据えたのであった。皇太子と娘・刀自古郎女の間には山背大兄皇子が生まれており、この孫を将来は大王に、というのが馬子の構想だった。
通説は「太子は、蘇我氏との協調を保ち、推古女帝の下で仏教の教えを生かしながら数々の改革を行った」とする。が、彼は終生帝位には就けず、力強く自身の政策を遂行したとはとても言えない。政治の主舞台は依然馬子が支配する飛鳥朝廷にあって、太子は斑鳩宮にこもってしまう。彼の没後継子・山背大兄皇子は大王となるどころか入鹿の手によって一族もろとも滅ぼされてしまう。
太子が直面した困難と蹉跌とは何だったのか、何によるのか。黒岩氏はこれを推古女帝にあるとみて推古の血統をさかのぼっていく。これ以上書くのは差し控えるが、馬子といえども、中年を過ぎ今や巫女的風貌を帯びて帝位を手放そうとはしない炊屋姫の変身を読み切れなかったこと、厩戸・山背大兄皇子に王位を継承させ蘇我氏支配の維持を目論んだにもかかわらず、蝦夷・入鹿の世代が推古と共に、非蘇我系の舒明を擁立し、その結果数年にして蘇我一族滅亡を迎えるという歴史の皮肉に深い感慨を覚える。黒岩氏の傑作。
天翔る白日―小説 大津皇子 (中公文庫)
史書には大津皇子がいかに優れた人物であるかが記されている。学問を好み、博識。
武芸に秀で、優れた体格を持つ。こだわらない性格にして、礼儀正しく謙虚。そのため
多くの人望をあつめたと。これだけ完璧だと天武帝の後継者になってもおかしくないが、
そうはいかない事情があった。皇后は我が子・草壁皇子を帝に望んでいたからである。
有能の皇子だけに、望むと望まざるに関わらず、朝廷の中で存在感を増していく大津。
それを冷ややかな目で見つめる皇后。優れた大津に嫉妬心を高めていく草壁。大津
は自分自身でいるだけで、皇后一派からの包囲網をせばめてしまう。悩める大津に
心を寄せる個性的な皇子・御方は、この危機から大津を救い出す妙案を探しもとめる。
結末を知っていても、大津に救いの道が開かれることを望まずにいられない、切ない
小説だ。謀反の前に実姉・大伯皇女と再会する場面はたまらないものがある。皇子と
しての誇りを持ち、人を信じるがゆえに悲劇の最期を迎えた大津皇子の物語である。
武芸に秀で、優れた体格を持つ。こだわらない性格にして、礼儀正しく謙虚。そのため
多くの人望をあつめたと。これだけ完璧だと天武帝の後継者になってもおかしくないが、
そうはいかない事情があった。皇后は我が子・草壁皇子を帝に望んでいたからである。
有能の皇子だけに、望むと望まざるに関わらず、朝廷の中で存在感を増していく大津。
それを冷ややかな目で見つめる皇后。優れた大津に嫉妬心を高めていく草壁。大津
は自分自身でいるだけで、皇后一派からの包囲網をせばめてしまう。悩める大津に
心を寄せる個性的な皇子・御方は、この危機から大津を救い出す妙案を探しもとめる。
結末を知っていても、大津に救いの道が開かれることを望まずにいられない、切ない
小説だ。謀反の前に実姉・大伯皇女と再会する場面はたまらないものがある。皇子と
しての誇りを持ち、人を信じるがゆえに悲劇の最期を迎えた大津皇子の物語である。
天の川の太陽〈上〉 (中公文庫)
この時代を舞台にした小説はほとんどないので、貴重なものとは思うのだが、
あちこちに欠陥が目について、白けてしまうことがしばしばある。
現代もののミステリーで、あれほどに完成度の高い構成力・文章力・表現力を見せてくれた同じ作家とは、ちょっと信じがたい。
文章や視点の混乱もかなり目立ち、本当に本人がすべて書いたのか、疑念が湧く。
そもそも、天武の時代を舞台にしているのに、現代用語がいきなり出てくるのは反則で、
さらに登場人物だけでは説明が不足すると、作者がいきなり登場する。
また、書き手の視点が、時には神の視点で、また時には主人公の視点で、そして便宜的に作者の視点にと、くるくる変わる。
まるで、素人が初めて書いた小説のようだ。
そもそも大海人皇子=天武天皇を採り上げるのに、道教・陰陽道は大前提であり、
多くの事績はこれを抜きにしては解釈も批判も不可能である。
歴史観の問題は、人それぞれでもあるのでさておくとして、不勉強のそしりは逃れないだろう。
これを「決定版」としないよう、今後の読者には警告しておきたい。
補助教材を読みこなすことと並行して、批判的な目線も保持しながら読んでいただきたい。
作者がすでに他界していることは、もはや修正が不能ということで、
貴重な力作であるがゆえに、まことに惜しまれる。
あちこちに欠陥が目について、白けてしまうことがしばしばある。
現代もののミステリーで、あれほどに完成度の高い構成力・文章力・表現力を見せてくれた同じ作家とは、ちょっと信じがたい。
文章や視点の混乱もかなり目立ち、本当に本人がすべて書いたのか、疑念が湧く。
そもそも、天武の時代を舞台にしているのに、現代用語がいきなり出てくるのは反則で、
さらに登場人物だけでは説明が不足すると、作者がいきなり登場する。
また、書き手の視点が、時には神の視点で、また時には主人公の視点で、そして便宜的に作者の視点にと、くるくる変わる。
まるで、素人が初めて書いた小説のようだ。
そもそも大海人皇子=天武天皇を採り上げるのに、道教・陰陽道は大前提であり、
多くの事績はこれを抜きにしては解釈も批判も不可能である。
歴史観の問題は、人それぞれでもあるのでさておくとして、不勉強のそしりは逃れないだろう。
これを「決定版」としないよう、今後の読者には警告しておきたい。
補助教材を読みこなすことと並行して、批判的な目線も保持しながら読んでいただきたい。
作者がすでに他界していることは、もはや修正が不能ということで、
貴重な力作であるがゆえに、まことに惜しまれる。