夕暮の緑の光――野呂邦暢随筆選 《大人の本棚》
野呂邦暢という作家の名前は知らなかったのだが、たまたま「小さな町にて」の
書評を読むことがあり、よかったのでこの本を手に取った。
この本は「王国そして地図」「古い革張椅子」「小さな町にて」の三冊の随筆集と
単行本未収録の随筆から、編者の好みで主に古本に関するものを中心に編まれた
随筆集だ。
著者の随筆は速く読み飛ばして読むものではない。じっくりと選りすぐりながら
言葉を紡ぎ出す息づかいのようなものが感じられる文章なので、その速さで
じっくりと読んでいくのが自然でいい。
本、音楽、友、絵・・・静かに書かれているが、好きなものに対する熱い気持ちが
底の方に感じられる。この温度感もとても気持ちがいい。筆写したくなった。
小説もぜひ読んでみたいと思う。それにしても、入手困難な本ばかりのようで
とても残念。今年はこの本の他一冊復刊されたそうだけれど、他の本も復刊
して欲しい。
草のつるぎ・一滴の夏―野呂邦暢作品集 (講談社文芸文庫)
夭折した芥川賞小説家、野呂邦暢の残された作品を漁っているうちに本文庫に出逢った。みすず書房でも近年、文体変化後の連作短編集「愛のデッサン」なんたらというのが復刊されたが、野呂邦暢は美文体で書こうが、下手な(?)日本語で書こうが、とにかく不器用な実直さが肌に感じられてくる稀有な日本語作家である。とくに近年、松浦寿輝とか堀江幸なんとかなどの芥川賞小説家の小器用な美文体で、うわすべりする、ふわふわしたソフト・ビニール人形のような無内容の小説やエッセイを読まされると、野呂邦暢の不器用だが、作家の奥深いところから醸成される人生の鉛色の重みが心地良い。松浦とか堀江とかは頭が良いからベルコンベア式に小綺麗な文章を量産するのだが、そこになんら魂の問題がこめられていないのがスケスケ。もっとも連中には魂の問題などはなから眼中にないのだが、文学はヌーヴォーロマンやベケットやジョイスでも人間の魂の問題に拘泥してきた歴史を考えると、その問題をはなから埒外とする最近の浮かれ女のような、なよなよとした文学者どもは、10年後にはとっくに文学史から姿を消しているだろう。野呂邦暢のように没後何10年もたって蘇ってくることなど断じてない。