ノスタルギガンテス
まずなによりも,表紙に使われている深い森の写真が印象的だった。あの心地よく湿った森の空気,静寂こそ,きっとこの作品には相応しいのだろう。
主人公の少年が引き起こした,けれども彼自身は少しも望んでいなかった1つの事件――というよりは現象――に,現実味は全くない。これは1つの,大人の為の寓話だろう。ぜひ,雨音だけが響く静かな夜に,1人きりで読んでもらいたい……そんな本だ。
どうぞ,ご一読を。きっと忘れていた記憶を読み覚ましてくれる1冊になることだろう。
夢見る水の王国 上 (カドカワ銀のさじシリーズ)
祖父とふたりきり、海辺の家で満ち足りた日々を過ごしていた少女マミコ。
海のむこう、幻の島で、雲母を掘りつづける年老いた鉱夫。
交わるはずのないふたつの世界が、ある日、マミコが砂浜で木馬を見つけたことをきっかけに、ゆっくりと交錯しはじめる―
詩的で繊細な文章が積み重なって紡がれる、美しく壮大なファンタジー。
薄い雲母のかけらのような、夢の断片のような短い文章が積み重なって、ひとつの大きな地図が編まれていく。
現実の論理…というよりは、夢のなかの文法で書かれているので、体が文体に慣れるまで、あせらずにじっくり読むことをおすすめします。
深夜、静かな部屋でひとりページをめくっていると、本を読んでいるのに夢をみているような、物語と現実が混ざるような、ふしぎな感覚におそわれる。
少し前のページに戻って、思いをめぐらせてはまた読みすすめるという読み方にも耐える、ずっしりした量感の物語。
空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集― (新潮文庫)
「空が青いから白を選んだのです」
この美しい詩で始まる本詩集は、最初は色や夢をテーマにして、やがて刑務所内での生活や、自分の犯した罪に関係した詩が綴られている。
そして恋の詩と母親への詩も。
この詩集は奈良少年刑務所の新たな試みである「社会性涵養プログラム」の取り組みの中で生まれた物だ。
対象は全ての受刑者ではない。このブログラムは、極端に内気で自己表現が下手で、心を閉ざしがちな少年たちを対象としている。
少年にとって詩は女々しさの象徴だと思う。それだけに、内容はなんであれ自作の詩を披露すること自体が、自分の弱さを認めて向きあうキッカケになったように見える。その結果、他人に理解されたいという思いが生まれて来る。
この対象者達をみて、ある先天的にコミュニケーションに障害のある青年の話を思い出した。幼児期から社会性を養う事に主眼をおいた養育で、立派に成長した例である。
社会性というのはある程度は後天的に習得可能なのである。もし彼らが、せめて普通の環境で育つことが出来たら‥、と思わずにいられない。
このプログラムも5回を数え、偶然ではない有意な効果があると判断して良いと思う。現時点では寮美千子さんの力量に負う処もあろうが、ぜひ全国に広めてもらいたい。加害者を減らす事は、被害者を減らす有効な手段の一つだとも思う。
詩集としての評価を書いてないので、代わりに下手な詩で賛辞を贈ろう。
『やがて出て行く君たちへ』
君はいずれここを出て行くのだろう
時に暖かく
時に厳しい
世間に出て行くのだろう
つらい時、みじめに感じた時には
この詩を書いたときのことを思い出してごらん
君の心に向き合った時のことを
君の心に優しいものを見つけた時のことを
思い出してごらん
その思いを言葉に表せた時の喜びを
伝えた時に感じた胸の高鳴りを
受け止めてくれた友を
その賛辞を
思い出してごらん
世界でただ一つの詞をつむいだ君を
君に幸あれ
君の心に安らぎあれ