利休にたずねよ
読ませる本である。
利休切腹の日から始まって利休のうちに「美」という病を生ぜしめた若き日の事件へと時間をさかのぼっていく。
この間、多くの人物の目を通して様々な角度から利休の追い求める美の姿を浮かび上がらせていくさまは、細かな伏線や言葉遣いという技術的な意味でもなかなかに良く練られた小説である。
読ませるのである。
著者の伝えたいことが強いせいかあざとさは感じなかった。
大事なのは歴史的な事実ではない。
前半を読んでいるときには、寂があるのは荒ぶるものがあってこそと感じた。
中盤を読んでいるときには、美の絶対性と同時にその脆さ・危うさを感じた。
そして最後に、人間を突き動かすものは、実はしょうもないことであったりするということを感じた。
話してしまえばしょうもないこと。
ただ、内に沈んだことで恐るべき力となって人を突き動かすもの。
歴史に名を残したような人物・事件であってもそのようなものは多い。
美もまた美しくないものから生まれているのである。
いや、「美」自体が気づいてしまえばさして美しくもないもの、なのかも知れないとさえ思えてくる。
この小説には綻びもある。矛盾もある。それでも敢えて☆5つをつけた。
どんな大人物の人生であっても、所詮人生などうたかたにすぎない。
しかし、うたかたにすぎなくとも、しょうもないものから始まっていようとも、美しいものは美しいのである。
そう感じずにはいられなかった。
ジパング島発見記 (集英社文庫)
ルイス・フロイスの記録文中の章句を、小説展開の黒子役にして、7つの小編がオムニバスにまとめられた小説である。ジパング島にたどり着いたヨウロッパ人7人の目と行動を通して、それぞれの立場・価値観・思惑で「ジパング島」が眺められ、語られている。
種子島に「鉄砲をもってきた男」フランシスコ・ゼイモト。一攫千金を狙う冒険商人「ホラ吹きピント」こと、メンデス・ピントのジパング島体験記。フランシスコ・ザビエルの日本滞在記。ルイス・アルメイダ修道士のブンゴでの慈善施設としての病院運営と狐憑きの悪魔払い談。ルイス・フロイス自身の見聞記録者としての生き方とジパング島観察記。フランシス・カブラル布教長の自文化中心主義によるジパング島での行動記。東インド巡察師アレッシャンドロ・ヴアリニャーノと信長との会見・日本人少年使節団のヨウロッパ派遣の思惑。
それぞれのジャポン島の眺め方の違いが、異国ジャポンに奥行きを与えている。南蛮人の立場からの日本との関わり、宗教と人間の欲望の関わり、の描写という視点に新鮮を感じた。
利休にたずねよ (PHP文芸文庫)
読んでいるだけで、茶の湯の世界の美しさ、艶かしさを堪能してしまえるような
味わい深い面白さがあった。
名立たる武将の名が出てきながら荒々しい戦とは掛け離れた静かな攻防。
それがまた一味違った緊迫感を醸し出し、艶やかでうっとりしてしまう美しさの陰に緊張感を与えてくれる。今までにはあまり例のない時代文学かと思うので、是非ご一読を。
命もいらず名もいらず_(下)明治篇
禅僧の白隠をしても「禅の病気」と言い放つ禅師によって「あるがままをよし」とする富士山を眺めての悟りが秀逸。維新後の水戸藩(茨城県)、唐津藩(佐賀県)などの騒動をあっという間に治めた鉄舟の極意は、適材適所。全てを自分でやろうとしなくなった鉄舟は無敵に。
命もいらず名もいらず_(上)幕末篇
私は最近、つくづく「人間一番大事なのは外見だ」と思うのである。貌(かお)がイイと云う事が、何より大切なことだと感じるのだ。
本作の主人公、山岡鉄舟という御仁をはじめ、幕末・明治の英傑たちの多くは真影を残している。その貌の良さ、男(女)っぷりのよさには驚くばかりである。鉄舟さんの写真もウィキペディアほか、数多くネット上に掲載されているのでご覧頂きたい。紋付袴姿で、刀を手挟んだ容貌は、まさしくサムライである。また、晩年の髷を落とし、髯を蓄えた姿には、不思議と洗練されたジェントルマン的な要素も感じる。単に整った顔なのではない。何か今にもこちらに語りかけてきそうな、深みのある貌なのだ。対峙する者にオーラを発する人物の大きさを感じさせる人間っぷりの良さがあるのだ。
本作はその鉄舟の魅力を余すところ無く描いていて、一陣の涼風が身体の内を駆け抜けて行くような爽快感に満ちている。剣術と禅と放蕩に明け暮れる鉄舟の一直線の生き方が、小事に汲々とする平成の小市民に問いかけるモノは甚だデカい…。鉄舟のさんに、貧弱なわが肩にビシリと警策を与えられた心持だ…。
ことに特筆すべき場面は、官軍の東征大総督参謀の任にあった西郷さんとの会見のシーンである。それは、幕府だとか官軍だとか、自らの立場や面子など全く問題とせず、日本国と民草を思い、江戸を戦禍から救った男たちの静かな叙事詩である。ふたりの包み込むような笑顔に私自身が対面したような、清々しい読後感に酔いしれた。
130年ほど前に、こうした痛快な男たちが舵をとっていたこの国の、今を治める政治家や自衛隊の元幕僚などの貌を目にするにつけ、前述の通り思わずにはいられないのだ。
人間、一番大事なのは、容貌(かお)だと…。命もいらず名もいらず_(上)幕末篇