木山捷平 (ちくま日本文学全集)
木山捷平が静かなブームであるという。木山は決して大小説家でもないし、人間の内面を鋭く描くといった鬼才でもない。いわば普通であることの価値を小説という形で表現したマイナー・ポエットと言えよう。しかし、マイナーだからこそ今の時代、素直に受け入れることができるのかもしれない。
本書には初期の詩から晩年の珠玉のような短篇までが網羅され、恰好の木山捷平入門の一冊としておすすめ。その中で特に『下駄の腰掛』は木山自身も気に入っていたという、いかにも彼らしい作品。ある日、銭湯に出かけた主人公(ほぼ木山本人と考えていい)は、銭湯がまだ開いていないので、入口付近で自分の履いてきた下駄を腰掛けにして、往来を行き来する通行人の足元を眺めることになる。そこから過去のある場面に連想が飛び、とりとめのない、けれども味わい深い木山ワールドが繰り広げられる。やさしくあたたかい気持ちになれること請け合いの一冊である。
なずな
主人公は40代独身のローカル新聞記者。
弟夫婦の体調不良・事故などの理由で、生後間もない姪っ子「なずな」を引き取る。
もちろん子育てしたことのない彼は、
たびたびのミルク・排泄・入浴などの世話に明け暮れ、疲弊する。
しかし、なずなを連れてあるくことによって、
今まで接点がなかった人たちと関係を築き、またなずなの視点から
新しいものが見えてくる。
なずなの視点でものをみることで、周りの空気を感じ、その中の粒子まで、
感じるようになるのだ。
そして、弟夫婦の状況が改善し、なずなを手放すとき、
彼は悟る。なずなを守っているように思っていて、実は彼女に守られていたのだと。
男性が描く、乳児の様子が、女性が描くものととても違うなと思いました。
冷静に、観察しているという感じ。でも堀江氏の客観的な描写の底辺には
いつも静かな愛情を感じてしまう。
大きな事件があるわけでもなく、静かな毎日の繰り返しと小さな変化を描く、
読んでいて心が豊かになるような小説でした。